なぜ今、自治体の脱炭素・循環経済が「待ったなし」なのか
市町村・都道府県の環境政策担当者にとって、脱炭素と循環経済はもはや「先進自治体が取り組むテーマ」ではなくなりました。国の目標が引き上げられ、法律上の計画義務があり、財源のメニューも組み替わっています。まずは、動かなければならない理由を制度に即して整理します。
1. 国の削減目標が2035年度・2040年度まで具体化された
政府は2025年2月18日に新たな「地球温暖化対策計画」を閣議決定し、あわせて次期NDC(国が決定する貢献)を国連気候変動枠組条約事務局に提出しました。ここで示された目標は、2035年度に2013年度比60%削減、2040年度に同73%削減です[1]。2050年カーボンニュートラルという遠い目標だけでなく、10年後・15年後の中間地点が数値で固定されたことになります。
地球温暖化対策計画は、地方公共団体実行計画の策定・改定の前提となる国の計画です。国の目標が引き上がれば、区域の削減目標や庁内の削減目標を見直す必要が生じる自治体も出てきます。
2. 実行計画の策定は「法律上の義務」である
地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)第21条は、地方公共団体に実行計画の策定を求めています[2]。よく混同されますが、義務の重さは2種類で異なります。
| 区分 | 対象 | 内容 |
|---|---|---|
| 事務事業編 | すべての都道府県・市町村に策定義務 | 自治体自身の事務・事業に伴う温室効果ガス排出の削減計画 |
| 区域施策編 | 都道府県・指定都市等(指定都市・中核市)に策定義務。 その他の市町村は努力義務 | 区域全体(住民・事業者を含む)の排出削減施策 |
つまり、規模の大小にかかわらず、すべての自治体が「自分の組織の排出量」については計画を持つ法的な立場にあります。区域施策編を作っていない小規模町村でも、事務事業編は例外ではありません。
3. 循環経済が国家戦略に位置づけられた
2024年8月2日に閣議決定された第五次循環型社会形成推進基本計画は、循環経済への移行を国家戦略として位置づけました。5つの方向性のうちの一つが「多種多様な地域の循環システムの構築と地方創生の実現」であり、地域=自治体が循環の担い手として明示されています[3]。
脱炭素と循環経済は別々の政策のように見えますが、自治体の現場では「廃棄を減らす」「モノを長く使う」という同じ行動に集約される場面が多く、ひとつの取組が両方の計画に貢献します。
全国の進捗はどこまで来ているか — 数字で見る現在地
「うちはまだ遅れているのか、平均的なのか」を判断するための基準として、環境省が公表している全国の状況を確認します。母数はいずれも1,788団体(都道府県・市区町村)です。
1,215/1,788団体
(令和8年5月31日時点)
1,714/1,788団体
(令和7年10月1日時点)
1,117/1,788団体
(令和7年10月1日時点)
出典は環境省「地方公共団体実行計画策定・実施支援サイト」の取組状況調査です[4]。
この3つの数字の並びには意味があります。表明(68.0%)よりも事務事業編の策定(95.9%)のほうが進んでおり、区域施策編(62.5%)は表明とほぼ同水準です。事務事業編は全団体に義務があるため高い水準にありますが、区域全体を動かす計画はまだ4割近くの団体が持っていない、という構図になります。
ここでの「策定済み」は計画が存在することを示す数値であり、計画の内容の充実度や、目標に対する進捗率を示すものではありません。策定済みの団体であっても、実行段階での取組量には差があると考えられます。
財源の地図 — 交付金メニューは組み替わっている
自治体の脱炭素事業を支える中心的な財源が、環境省の「二酸化炭素排出抑制対策事業費交付金(地域脱炭素移行・再エネ推進交付金)」です。地方公共団体等を対象に、複数年度にわたって継続的・包括的に支援する枠組みとされています[5]。
脱炭素先行地域は102件で募集を終了した
この交付金の看板メニューであった「脱炭素先行地域」は、2026年2月13日公表の第7回選定をもって累計102件・45道府県となり、「2025年度までに少なくとも100か所」という目標に達したため募集が終了しました[6]。
先行地域という入口が閉じたことは、これから動き出す自治体にとって重要な事実です。「まず先行地域に応募する」という選択肢はもう取れません。
これからの中心は「重点対策加速化事業」
先行地域と並ぶもう一つのメニューが重点対策加速化事業です。環境省は「脱炭素先行地域だけでなく、全国各地で、地方公共団体・企業・住民が主体となって、排出削減の取組を進めることが必要」という位置づけを示しており、令和8年5月1日時点で38府県103市29町の計170自治体が採択されています[7]。
1,788団体のうち170団体という数字は、まだ全体の1割程度です。裏を返せば、この枠を使っていない自治体のほうが圧倒的に多い、ということでもあります。
「区域」の前に「庁内」— 事務事業編が対象とする範囲
区域施策編は住民や事業者を動かす計画であり、成果が出るまでに時間がかかります。一方、事務事業編は自治体が自分でコントロールできる範囲の計画であり、着手のハードルは相対的に低いはずです。
環境省の「地方公共団体実行計画(事務事業編)策定・実施マニュアル(簡易版)」(令和6年4月)によれば、事務事業編の対象は地方自治法に定められたすべての行政事務とされ、具体的には次のようなものが含まれます[8]。
- 庁舎等のエネルギー消費
- 廃棄物処理事業
- 上下水道事業
- 公営の公共交通機関
- 公立学校・公立病院の運営
さらに、外部委託や指定管理者制度による事業も対象とされ、受託者等に対して排出削減の取組を講ずるよう要請することが明記されています。指定管理施設を多く抱える自治体では、この点が実務上の論点になります。
「国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律」(グリーン購入法、平成12年法律第100号)において、地方公共団体は第10条で努力義務とされています。毎年度の調達方針の作成と、それに基づく調達推進が求められますが、国の機関のような法的義務ではありません[9]。
なお環境省は2026年7月31日に「地方公共団体のためのグリーン購入取組ガイドライン」を改定し、あわせて「地方公共団体のための環境配慮契約取組ガイドライン」を策定しました。方針の策定段階・調達契約の実施段階・実績の集計段階に分けて課題と対応方法を整理した実務者向けの内容です[10]。
循環経済側から見たとき、自治体は何を抱えているか
脱炭素の文脈だけでなく、廃棄物・資源循環の側から見ても、自治体には無視できない規模のコストが発生しています。環境省「一般廃棄物処理事業実態調査」の令和6年度実績は次のとおりです[11]。
(24,489億円/令和6年度)
ごみ処理事業経費(年)
(令和6年度)
(令和6年度)
ごみ処理は自治体の基幹的な事務であり、その経費は年間2兆4,489億円に達します。リサイクル率19.3%という数字は、リサイクルの余地というより、そもそも「捨てる前に手を打つ」余地が大きいことを示唆していると考えられます。
庁内で着手しやすい領域 — 備品・什器という空白地帯
省エネ改修や再エネ導入は予算規模が大きく、財政部局との調整に時間がかかります。一方、庁内の物品(備品・什器・機材)の扱いは、比較的小さく始められる領域です。
資産の「現物」が把握できていない団体は少なくない
総務省の資料(令和6年6月)によれば、固定資産台帳について、現物と照合可能な団体は1,381団体(77.2%)、照合できない団体が300団体(16.8%)とされています。また、記載単位が取替・更新単位まで整備されているのは981団体(54.9%)にとどまり、公共施設マネジメントへの活用に必要な情報(使用耐用年数等)が不足していることが課題として挙げられています[12]。
台帳があっても現物と突き合わせられない状態では、「どこに、何が、いくつ、どんな状態であるか」は実質的に見えていません。使われていない資産があっても、それを発見する仕組みがない、ということになります。
公共施設は「新しく造る」から「賢く使う」へ
総務省は公共施設等総合管理計画の指針において、「新しく造ること」から「賢く使うこと」への重点化を基本方針として示しています[13]。施設の統廃合・長寿命化が進むと、その過程で什器・備品が大量に発生します。この「中身」をどう扱うかは、施設本体の計画とは別に検討が必要な論点です。
物品の調達・廃棄は、事務事業編において「グリーン購入・環境配慮契約等の推進」という基盤的取組に位置づけられていますが、温室効果ガス排出算定の直接の対象ではなく、定性的な措置として扱われています[8]。したがって「備品を再利用すれば事務事業編の削減目標が直接達成できる」という説明は正確ではありません。
一方で、廃棄量の削減は一般廃棄物処理事業のコストと環境負荷に影響し、資産の有効活用は財政効果として説明できます。取組の意義を語る際は、どの計画・どの指標に効くのかを分けて整理することをおすすめします。
担当課別・最初の一歩の整理
環境政策課・環境保全課
まず事務事業編の改定時期を確認し、国の新目標(2035年度60%・2040年度73%)との整合を点検します。区域施策編が未策定であれば、努力義務の団体であっても、県や近隣市町村との共同策定を含めて検討の俎上に載せる価値があります。
資産経営課・管財課
固定資産台帳と現物の照合状況を確認します。照合できていない領域があれば、そこが遊休資産の温床になっている可能性があります。施設の統廃合予定があれば、什器・備品の行き先を計画段階から組み込みます。
財政課
重点対策加速化事業をはじめとする交付金メニューの適用可能性を確認します。あわせて、ごみ処理事業経費と物品購入費の推移を並べて見ると、「買う・捨てる」の両側にコストが乗っている構造が見えやすくなります。
企画課・総合政策課
第五次循環型社会形成推進基本計画の「地域の循環システム構築と地方創生」の観点から、地域内の事業者・大学・金融機関を巻き込んだ枠組みを検討します。近年は、自治体が公募型のオープンイノベーションプログラムで外部の事業者を募る例も増えています。
よくある質問
Q. 小規模な町村でも実行計画は必要ですか。
A. 事務事業編は、規模にかかわらずすべての都道府県・市町村に策定義務があります。区域施策編は都道府県・指定都市等に義務があり、その他の市町村は努力義務です[2]。
Q. 脱炭素先行地域に今から応募できますか。
A. できません。第7回選定(2026年2月13日公表)で累計102件となり、目標に達したため募集は終了しています[6]。今後は重点対策加速化事業など、他のメニューの活用を検討することになります。
Q. 庁内の備品を再利用すると、温室効果ガス排出量はどれだけ減りますか。
A. 事務事業編の算定対象は主にエネルギー使用等に伴う排出であり、物品の調達・廃棄は定性的な取組として扱われます[8]。削減効果を数値で語る場合は、算定の前提(何を対象に、どの排出係数で計算したか)を明示する必要があります。前提を示さない削減量の主張は避けるべきです。
Q. 民間企業と連携する枠組みはありますか。
A. 自治体が地域課題を提示し、外部の事業者から実証提案を募る公募型プログラムを実施する例があります。静岡県の実証実験サポート事業や、蒲郡市のサーキュラーシティイノベーションプログラムなどが公表されています(詳細は関連記事を参照)。
まとめ
- 国の削減目標は2035年度60%・2040年度73%(2013年度比)まで具体化され、2025年2月18日に閣議決定された[1]。
- 実行計画の事務事業編は全団体に策定義務。策定率は95.9%だが、区域施策編は62.5%にとどまる[2][4]。
- 脱炭素先行地域は102件で募集終了。今後は重点対策加速化事業等が中心となる[6][7]。
- 循環経済は第五次循環型社会形成推進基本計画で国家戦略に位置づけられ、地域の循環システム構築が柱の一つ[3]。
- ごみ処理事業経費は年間2兆4,489億円。固定資産台帳と現物を照合できない団体も16.8%あり、庁内の「モノ」は着手余地の大きい領域[11][12]。
大きな設備投資を伴う脱炭素施策と、庁内のモノを循環させる取組は、必要な予算も意思決定の階層も異なります。後者は比較的小さく始められ、資産管理・財政・環境の3つの文脈で説明できる取組です。まずは自庁の資産がどこまで見えているかを確認するところから始めてはいかがでしょうか。